バンコクに暮らし始めて、もうすぐ10年になるKenがお届けするブログ。
バンコクの中心のオフィスで仕事をした日々。日本人コミュニティでも、夜な夜な遊んだ日々。バンコクの裏側を見つめ、バンコクの街を歩き続けてきた。この10年で、この街の風景は劇的に変わった。かつて「東京都バンコ区」と呼ばれた、日本人が日本人のために作った聖域は今、音を立てて崩壊しつつある。
今回は、その象徴ともいえる「食」の現場で起きている地殻変動について記したい。
1. 「なんちゃって」が許された幸福な時代の終焉
少し前までのバンコクの日本食には、どこか「なんちゃって」が許される空気が漂っていた。甘すぎる照り焼き、謎のソースがかけられたロール寿司。我々日本人はそれを見て、「タイだから仕方ない」と笑って済ませていた。そもそも、日本食と言われてもピンとこないであろうタイ人客がたくさんいたからである。
二極化と言われて久しい、タイ社会。もちろん、格安なんちゃって日本食は健在ではある。
だが、2026年の今、タイ人富裕層の間では、そんな妥協はもはや通用しない。淘汰されているのは、実はこうした奇妙な創作料理ではなく、「日本人向けに、ほどほどに安くて、ほどほどに日本っぽい」という中途半端な店の方である。
2. タイ人リピーターが持ち帰った「本物の記憶」
この変化を突き動かしているのは、日本人客ではない。円安バーツ高を追い風に、年に数回、まるで国内旅行のように日本へ飛ぶ「タイ人富裕層」たちだ。
ちなみに、タイ人富裕層というのは、我々日本人の常識を覆す。要するに、日本の感覚ではわからないくらい、めっちゃ金持ちなのである。二極化の最たる一面ではある。
彼らはもはや、ゴールデンルートをなぞるだけの観光客ではない。銀座の回らない寿司から、地方の隠れ家的な名店までを網羅するリピーターである。本場の味を経験として身体に刻んだ彼らが帰国して求めるのは、「日本風」という記号ではなく、日本で食べた「あの味」そのものなのだ。
3. 日本人客を「捨てた」進化
皮肉なことに、今バンコクで「本当に旨い」と感じる日本食店が増えている理由は、我々日本人客のためではない。高騰する原材料費や人件費を吸収し、1食数千バーツを厭わず支払えるのは、今やタイの富裕層だけだからだ。
店側も、給与の上がらない日本人コミュニティの顔色を伺うより、本物を知るタイ人客に照準を合わせた方がビジネスとして理にかなう。そんな「日本抜き」のアップグレードが、街の至る所で加速している。
4. 「1万バーツのOmakase」を支える主役
現在、バンコクではタイ人シェフが握る「Omakase(おまかせ)」に1万バーツ(約5万円)以上を支払うタイ人客が溢れている。そこに「日本人客」が介在する余地はない。
日本で修行したタイ人職人の技を、タイ人の資本が買い、タイ人の客が消費する。かつて日本人がタイ人を安価な労働力として見ていた時代は、遠い過去の話だ。今のバンコクを席巻しているのは、流暢なタイ語で最新の美食情報を拡散する、現地の若きエリートたちなのである。
5. 京都の「デュシタニ」が突きつける現実
この「逆転」を象徴する出来事があった。タイの高級ホテルグループ「デュシタニ」が京都に進出し、数万円の懐石ランチを提供して話題になったことだ。
日本ではこれが「高嶺の花」としてニュースになるが、バンコクの富裕層からすれば、自国の資本が物価の安い日本で展開する「リーズナブルなサービス」に見えているのかもしれない。かつての経済大国の残像を追う日本人が、タイ資本の店で提供される日本食を背伸びして食べる。その構図に、私は言いようのない「惨めさ」を感じずにはいられない。
結論:日本人のユートピアの終わり
「日本人だから美味しい店を知っている」という特権は、もはやバンコクには存在しない。この街は、日本人のための温かな居住区から、真にグローバルな資本と審美眼がぶつかり合う「冷徹な世界都市」へと変貌した。
我々が「東京都バンコ区」という幻想に別れを告げたとき、初めてこの街の本当の姿が見えてくるのかもしれない。