バンコクの街を歩いていると、ふと潮目が変わる瞬間がある。かつて日本人の声が響き、日本の香りが漂っていた場所が、いつの間にか、まるで「居抜き物件」のように隣国のアジア勢のコミュニティへと姿を変えているのだ。
その象徴的な光景が、
エカマイあたりだろう。エカマイ:静かに進む「居抜き」の風景
トンローやプロンポンといった、いわゆる「日本人村」のすぐ隣に位置するエカマイ。少し前までは、日本人が「中心部の喧騒を避けて、少し落ち着いて暮らす場所」として、ポツポツと日本人の存在感があった。
ところが今、そこにあるのは、より強固で、より生活感の濃い韓国系を中心としたアジア勢のコミュニティだ。
不思議な現象だと思う。 海外のどこへ行っても、その土地に最初に入り、道を拓くアジア人は大抵、日本人だ。日本人が集まり、日本食屋ができ、街としての価値が上がる。だが、ある程度の規模になると、日本人はふっとその場所から引いていく。
そして、まるで示し合わせたかのように、その「出来上がった土壌」へアジアの隣人たちがなだれ込んでくる。彼らは日本人が作った環境を自分たちの流儀で染め直し、より力強く、そこから衰退することなく勢力を拡大させていくのだ。
プラカノン:外堀から迫る「アジアの熱量」
エカマイが「居抜き」なら、そのさらに外側に位置するプラカノンは、まさに「進軍」の最前線だ。
元々、プラカノンにはそれほど日本人は多くなかった。しかし今、ここには韓国系をはじめとするアジア各国のバイタリティが、じわじわと、しかし確実に外堀を埋めるように押し寄せてきている。
プラカノンの駅前でハングルや漢字の看板が日に日に増えていく景色を眺めていると、彼らにとってこの街は、単なる「消費する場所」ではなく、文字通り「生きる場所」なのだと痛感させられる。
「楽しむ」日本人と「根を張る」隣人
なぜ、日本人は去り、彼らは残るのか。そこには、その土地に対する「向き合い方」の差がある気がしてならない。
日本人は、どこかその土地を「期間限定のステージ」として見ている。南国の生活をスマートに楽しみ、便利な生活を享受し、そして「そのうちに」帰っていく。対して、韓国系を中心としたアジアの友人たちは、そこを「新しい拠点」にする覚悟で挑んでいる。店員も客も、まるでそこが自国の街の一部であるかのように振る舞い、強烈なネットワークで繋がっている。
日本人が開拓し、アジア勢が定住し、拡大する。 かつて日本人が謳歌した「アジアの主役」という座は、いまや居抜きで譲り渡されたか、あるいは外堀から飲み込まれつつある過去の遺産になりつつある。エカマイやプラカノンの熱量を前にしたとき、僕は寂しさよりも、彼らのしたたかなまでの「生命力」に、改めて脱帽してしまうのだ。