最近、「VUCA」とか「OODAループ」という言葉を覚えた。
ビジネス系のサイトや本を眺めていたら出てきた。なんでも、いまの時代はVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)な世界で、そこを生き抜くにはOODAループ(観察→判断→決定→行動)を高速で回すことが重要らしい。マッキンゼーも書いてるし、PwCも書いてる。なるほどね、と思った。
でも読みながら、なんか引っかかった。
あれ、これ、知ってる人たちいるぞ。
バンコクのソイを歩くおっさんたちの話
バンコクをふらふら歩いていると、一定の確率で遭遇する人種がいる。
年齢は30代後半から50代。短パン。斜めがけのカバン。特に急いでもなく、かといってただのんびりでもない、あの独特の「用があるんだかないんだか」な歩き方。たいてい単独行動。日焼けしている。
旅行者とは違う。駐在員とも違う。
彼らは毎年、というか年に何度か、バンコクに来る。あるいは長期でいる。そしてスクンビットのソイを、あの歩き方で歩いている。
そのソイの奥から、こんな声が聞こえてくる。
「サワディーカァー イラッシャイマーセー」
——この瞬間から、OODAループは始まっている。
OODAとは何か、いちおう説明
OODAループとは何か、一応確認しておく。
① Observe(観察):状況を見る ② Orient(状況判断):情報を整理して現実を把握する ③ Decide(意思決定):どう動くか決める ④ Act(実行):動く
そしてこれをループで回す。環境が変わればまた観察から始める。PDCAと違うのは、「まず計画ありき」じゃなくて、「まず現実を観察せよ」というところだ。予測できない環境に強い。
バンコクの夜は、予測できない。
おっさんのOODA、実況中継
① Observe(観察)
ソイに入る。目が慣れる前から、情報収集は始まっている。今夜はどんな感じか。混んでいるか。新しい店ができているか。いつもいた人がいるか、いないか。
そこへ飛んでくる。
「サワディーカァー イラッシャイマーセー」
これもデータである。日本語対応済み、ターゲット顧客の国籍を把握している店だ、と即座にわかる。観察の精度は、経験を積めば積むほど上がる。
② Orient(状況判断)
過去の記憶と照合する。「あの店、値段変わったな」「今日は観光客が多い。ちょっと様子が違う」「ここは当たりだったけど、最近クオリティが落ちた気がする」。リアルタイムの情報を、長年のデータベースと統合する。これがOrient、すなわちメンタルモデルの更新である。
ベテランのおっさんは、この処理が恐ろしく速い。
③ Decide(意思決定)
財布と相談しつつ、1分以内に決める。長考は悪手である。バンコクの夜は待ってくれない。
④ Act(実行)
動く。この潔さがOODAの本質だ。
⑤ ループを回す
翌日、また来る。昨日と何が変わったか観察する。アップデートする。動く。ソイの奥から、また聞こえてくる。
「アナタ、マタキタノ?」
このセリフを引き出せたとき、Orientは完成している。リピーター認定。ブランド確立である。
バンコクはVUCAそのもの!
スタッフの入れ替わりは激しい。値段は状況次第で変わる。新しい店が突然できて、古い店が突然なくなる。情報はすぐ陳腐化する。そして言語的・文化的ノイズが常にある。
これを専門用語で言えば、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)——すなわちVUCAである。
バンコクのおっさんたちは、誰かに教わったわけではなく、認定資格もなく、もちろんコンサルフィーも払っていない。それでもVUCA環境の中で、OODAを完全に内面化していた。
マッキンゼーがこれをスライドに載せ始めるより、ずっと前から。
コンサルは新しいアルファベットとカタカナを作るのが好きだ。VUCAもOODAも、概念自体は悪くない。でも「これが最新のビジネストレンドです」という顔で出てくると、どうしても思ってしまう。
バンコクのスクンビットで、とっくにやってたおっさんがいたよ、と。
理論より、現場のほうが、いつだって先を行く。
「サワディーカァー イラッシャイマーセー」
この一言が、すべてを語っている。
このブログは、バンコクおよび東南アジア各都市での見聞をもとに書いています。登場する「おっさん」はすべて、筆者の脳内に生息する統計的な合成人物です。たぶん。
